■横溝正史『迷路荘の惨劇』
横溝正史『迷路荘の惨劇』を読んだ。
先日、古谷一行が金田一を演じたテレビドラマ『迷路荘の惨劇』(1978年放送)を視聴した。
原作を読まずにテレビドラマを視聴したわけだが、ドラマはとても面白かった。
ドラマ視聴の時点では僕は紙の本で原作は所有していなかったが、書店ではなんども紙の本を見ていた。
原作の本は厚みがあり、ゆえに、全3話で構成されたテレビドラマは原作のストーリーをかなり省略していることが推測された。
すでに所有しているKindle版をちらっとみると、原作の登場人物の数はドラマのそれより多いことがわかる。
このことからもドラマは原作とストーリーを大きくかえていることが推測された。
ドラマが面白かったから、原作が読みたくなった。
Kindle版は読みづらいから、紙の本を買ってきて、さっそく読み始めた。
僕が読んだのはつぎの本。
横溝正史『金田一耕助ファイル8 迷路荘の惨劇』角川文庫(1976年6月10日初版、1996年9月25日改版初版、2013年8月10日改版28版)
テレビドラマは、古館の人間の横暴と200年にわたって古館の人間にしばられてきた人間の復讐により主たる殺人がおこるが、そこに財産ねらいと密かな純愛がからんでいた。
全3話のコンパクトな分量のなかにいくつもの流れがうまく交差していて、とてもよいドラマであると思った。
で、原作を読み始めて。
20年前の出来事はさておき。
金田一が直面した《現代》の事件の第一の殺人の被害者がまずドラマと異なる。
ドラマでは一番最後に殺された人間が原作では一番最初に殺されてしまう。
なんと!
そして、戦後財をなした篠崎は倭文子と結婚するわけだが。
倭文子が三代目古館と別れて篠崎と再婚をするところは原作とドラマで共通。
が。
ドラマでは篠崎は13年間倭文子を思い続けていた。倭文子は、三代目古館の指令により夫殺しを前提とした政略結婚をしたのに、いつしか篠崎に本気になってしまった。《純愛》であるともいえる。
原作では。
篠崎は事業のために倭文子を利用し、結婚した。そして、今では篠崎は倭文子に失望し、離縁しようとしていた。
倭文子は徹底した悪女であった。
倭文子のタマ子にたいする仕打ちをみよ。
テレビドラマは原作の登場人物のおぞましい性格を美しい性格に変更していたんだな。
びっくりだ。
テレビドラマで省略された原作の登場人物には三代目古館の継母の実弟がいて、この人物がいることで三代目古館の非道さがきわだってくるのだが、原作における古館の非道さはあくまでも古館個人の非道さに終始するのにたいして、ドラマでは200年前の出来事にまでさかのぼる古館の非道さを背景にもつ。
原作の倭文子は古館の積極的な協力者であるのにたいして、ドラマの倭文子は古館によって支配される被害者であった。
事件発生における倭文子の位置づけが原作とドラマでは正反対といっていいほど異なっていた。
うえにしるしたように、ぼくは原作を読まずにテレビドラマを視聴し、テレビドラマがとてもよいと思った。
もし原作を読んでからテレビドラマを視聴したとしたら、原作とのちがいにおおいに戸惑っただろうが、テレビドラマはテレビドラマで独自の要素をとりこみながら、原作の要素をうまく再構成しなおし、しっかり整合性を確保している。
「お糸」のみならず、「倭文子」も古館の支配下にあったことをつよく描きだしたことによってその一生の惨めさをきわだたせ、そういう惨めさのなかでの篠崎との遅れてきた恋がまた鮮やかな美しさをうみだしているという点で、テレビドラマは秀逸な映像作品である。
原作を読むことによって、そういうことにあらためて気づかされた。