■横溝正史『仮面舞踏会』(その1)
横溝正史『仮面舞踏会』を読んだ。
今年1月に、古谷一行が金田一を演じたテレビドラマ「仮面舞踏会」(1978年放送)を視聴し、このブログに感想記事を掲載してある。
原作を読むまえにテレビドラマを視聴したわけだが、このたび、やっと原作を読んだ。
現行(*注1)の角川文庫で600ページ弱の長編である。
満足した。
本作を読み始めて。
金田一が煙草を吸っている。
無人踏切りのすぐそばにふとい四角な柱が立っていた。焼け石を組み合わせてセメントでかためた柱で、南原の入口をしめす標柱である。金田一耕助はその柱のそばにたたずんで、袂からとりだしたピースのいっぽんに火をつけた。(角川文庫(*注2)、p.63)
「ピース」か。
横溝ファン、金田一ファンの愛煙家が「ピース」を選択するのはこういうところに理由があるのかなと思って、ニヤリとした。
これまで金田一作品をいくつか読んできて、煙草の銘柄をこんなにはっきり明示したところはなかった気がするが、こういうとき、熱心なファンの多い金田一シリーズについて調べものをするのはラクだ。
インターネットで検索すると…
日本語版ウィキペディアに「金田一耕助」が立項されており、つぎの記述があった(2014年3月9日時点)。
銘柄は「ピース」と「ホープ」を愛煙する。戦前は「チェリー(CHREEY)」を愛煙していた(「本陣殺人事件」)。
えっ?
『本陣殺人事件』はすでに読んであるけど、煙草の銘柄の記述はあったっけ?
『本陣殺人事件』を繰って、探してみると…
警部が怪訝そうに自転車を止めて見ていると、耕助はそこの曲がり角にある煙草屋へ入っていった。そしてチェリーをひとつ買うと、煙草屋のおかみさんにこんな事を訊ねていた。(角川文庫(*注3)、p.124)
ほんとだ。
チェリーだ。
さて。
ホープはどの作品で吸っているのかな。
本作では口頭での調査が多い。
話し言葉での多義的な文末表現が多い。
「。」「?」「!」を使ってくれれば読み取りやすいのだが、それがなくて、けっこう読むのがしんどい。
狭い範囲ではあるが、地形が複雑なところを登場人物たちがしきりに行ったり来たりする。
何度も結婚・離婚をくりかえす人物がいて、その年代はおぼえきれない。
人間関係も入り組んでいる。
本当は地形図をつくりながら、年表をつくりながら、人物相関図をつくりながら、読み進めていけば良いのだが、そういうことはせずに初読をすすめた。
テレビドラマの内容はもうほとんど忘れてしまっているから、物語の展開についてまえもっての知識をほとんどもつことなく本作を読み進めた。
テレビドラマと原作との些末な相違には言及する必要はないだろう。
しかし、特記しておきたいことがひとつだけある。
それはつぎのこと。
テレビドラマでは思わず同情しないわけにいかないような要素をエンディングにもってきていたと思う。
それが僕にはとても良かったので、このブログに掲載した感想記事でも、抽象的にではあるが、そのことにすこし触れておいた。
が、原作たる本作を読んでいて。
「笛小路篤子」は自分のおこないに反省の色をみじんもみせることのない、どうしようもない悪女として描かれている。
「笛小路篤子」のその性質を読み取ってしまったゆえか、金田一もいつにないきびしい口調で詰問し、篤子に真実を語るよう迫っている。
「篤子」は「金田一」に悪態をついたかと思ったら、ついには目の前にいる「千代子」に呪いの言葉をなげつけ、毒杯をあおぐ。
この点はショックだった。
僕が《よい》とおもったテレビドラマのエンディングは、イデーにおいて原作と大きく異なる、オリジナルな構想のもとにあったとは。
テレビドラマを再見する必要があると思った。
「エピローグ」における、《仮面舞踏会》というキーワードによるもろもろの伏線の回収のさまは圧巻だった。
文芸学的に衒学的に言えば。
本作は地の文における語り手の顔の出し方がきわめてあからさまで、それが読んでいて実に楽しかった。
(「その2」に続く)
*注1
1996年9月25日改版初版
*注2
1976年8月30日初版、1996年9月25日改版初版、2013年7月5日改版22版
*注3
1973年4月30日初版、1996年9月25日改版初版、2012年8月5日改版32版