新編 膝枕

智に働きたいと思いながら、なんかやってます。

■映画「沈まぬ太陽」をみた。

映画「沈まぬ太陽」のDVDをみた。


 出演:木村多江戸田恵梨香香川照之、ほか

 音楽:住友紀人

 公開2009年、202分(intermissionの10分を含む)

 原作:山崎豊子沈まぬ太陽

* * *

正直なところ、「感想はない」というひとことですませたい。

この映画はあまりにも壮大にくだらなすぎる。

エンディングのクレジット、長かった。。

それだけたくさんの人間がこの作品をつくるのにかかわっているってことだが。

僕は、放送期間が一年におよぶ大河ドラマの「総集編」か、それが半年におよぶ連続テレビ小説の「総集編」をみせられているようなスカスカな本作の構成に辟易した。

* * *

山崎豊子の原作は読んだことがある。

「恩地元」というひとりの人間に、ありえないぐらい諸々の理不尽な出来事をせおわせる原作の構想に僕はまったく不満はない。

現実世界におこる人間の出来事を典型化し、再構成してみせるのが文学作品なのだから、理不尽さの諸々を彼に収斂させていくのは、とりあてて不当な行為でもなんでもないと僕は思っている。

山崎豊子の原作は新潮文庫で5冊におよぶ。

原作は理不尽な出来事を理不尽なものとしてそのままにえがきだしていて、たとえば、例の飛行機事故によってそれまでの生活がこわされた人たちの感情をうまく伝えることに成功している、その大量の紙幅が有効に活用された大作であると、僕は感じている。

僕は原作を一回しか通読していないので、十分な根拠をしめしながら絶賛することもできなければ、その逆に酷評することもできないのだが、その一回だけの通読から僕は原作にはとてもよい印象を持っているわけだ。

・・・のだが。

この映画は残念な作品。

そもそも「恩地元」を、彼の固辞にもかかわらず、組合の委員長に仕立て上げ、そのうえで、自分は組合の活動から撤退していった人間がいる、と僕は記憶しているのだが、なぜか、この映画ではそのような場面が登場してこない。

原作ではあの時代に組合が先鋭化していった理由が丹念に描かれていたと記憶している。

組合のあの活動については賛否はわかれるにせよ、ともかく、組合の行動の背景が原作には描かれていて、「恩地元」が二期連続して委員長を務めるにいたった経緯や、彼が組合員からいかに慕われていたか、周囲にそうさせた彼の人柄が理解できるようになっている。

その一連の出来事は、いかにそのときから彼が周囲の人間の甘言にのせられ、裏切られてきたか、別の視点からいえば、いかに周囲の人間が甘言をろうして、ひとりの人間を英雄に仕立て上げ、突き落としてきたか、この歴史を描き出す物語でもある。

「恩地元」が組合委員長としてとった行動をえんえんと会社から(さらに娘の結婚話の時にはその男の両親から)せめられながらも、どうして会社を辞めないでいるのか。その理由を理解する鍵がそこにあるはずなのに、なぜか、この映画ではそこがえがきだされない。

そして、本作の後半にはとくに《汚職》がえがかれる。

・・・なんか意味わかんない。

原作では「国見」は、善意の記者の取材が構成の段階で悪意ある記事になり、それによって窮地に追い込まれたと僕は記憶している。

このあたりのストーリーの正確な要約は、僕が今後もし原作を再読することがあったら、そのときにし直すことにするが、こころざしある「国見」がいかに裏切られていくかを丁寧にえがきだしていたはずの原作の構成が、この映画ではすっぽり骨抜きにされている。

どうしてこんな映画を作ったのか、意味わかんない。

登場人物のセリフをつうじて「国民航空」への「うらみつらみ」がかたられるが、そうした「うらみつらみ」は、口先だけのセリフではなく、登場人物たちの行動をつうじて視聴者に感じさせてほしい、と僕は思う。

つまるところ、本作は制作者の「ひとりよがり」。

これじゃ僕は感動しない。

クレジットの末尾で「この映画があらゆる交通機関の「安全・安心」促進の一助になることを願います。」という文言がでてくる。

こんな映画じゃぁ、人々に不幸をもたらさないためにみずからの持ち場を守り抜いて、安全・安心を確保しつづけてみせるといった志をいだくなんて、無理だよ。

* * *

墜落をまえにして混乱する機内で手帳に書き付けられた遺言がある。

この遺言のことはけっこうひろく知られているものだろうが、原作を読んだときの僕は、その時点までは記憶の彼方にいっていたこの遺言の存在をすぐに思いだし、小説中に引用されたこの遺言の文言を読んで、いたく感動したものだ。

しかし、この映画では、それがとってつけたようにかるがるしく扱われている。

どうして遺言の主の息子は、父親の手帳をビニール袋から取り出したあと、なんの戸惑いとか感慨といったものもなくまっすぐにページをパラパラとし、そして、あの文言をあんなにもすらすらと音読しはじめるのか。

なんの感動もない。

視聴していてはずかしかった。

* * *

どうでもいいことを追加するとすれば。

「恩地元」の息子は研究所みたいなところで、顕微鏡をのぞき込むような仕事をしていたが。

どうして父親は息子の仕事場にあんなにも容易に入り込むことができたのか。(あっ、あれは大学なのかな?)

そして、そのあとの牛丼屋で注文の品がでてくるまで、どうしてあんなにも時間がかかるのか。

いろんなことが不思議でしかたがなかった。

* * *

あと、もうひとつどうでもいいことを追加すれば。

本作には途中で10分間の休憩時間がはまみこまれる。

DVDでも10分間「INTERMISSION 休憩」といった黒背景の画面がでてきて、僕は(劇場ではこんな感じだったのだな。後半の開始までにきちんと席に戻らない人が必ずいるんだよな。それって腹立たしいんだよな)とおもった。

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西川美和監督の映画「ゆれる」でもそうだったが、「香川照之」の、気の小さな人間を演じるときの、背中の小ささ、寂しさが印象的だった。


以上。